ウォーターサーバーとり始めましたが、安いです。ペットボトルだと、今まで飲み水だけでした。料理には水道水なので、あまり意味がないなと思っていたところ、ウォーターサーバーに切り替えるとごみがでにくい面から、料理にも活用できるし、料理に活用していても安い事が判明しました。本当にウォーターサーバーにしてよかった
我が家の水道の蛇口の部分から、水漏れが起きていました。水漏れの量は、さほど多くはないのですが、水道の元栓を止めて、蛇口を分解してみました。すると、パッキンのゴムが、ひび割れていて、大分傷んでいました。そこで、ホームセンターから同じサイズの水道パッキンを購入し、自分で修理してみました。思った通り、その後は水漏れがおきませんでした。
東日本大震災で被災した道内の沿岸部を、再び訪ねた。道内の水産被害は、総額約340億円。活気が戻りつつある港がある一方で、再起の道をまだ見いだせずにいる漁業者もいる。震災1カ月の復興の現状は、まだら模様だ。
◆八雲
◇ホタテ「今年の養殖、絶望的」
「稚貝の7割近くがやられた。来年はどうやって食っていけばいいのか」。八雲町でホタテ養殖で生計を立てて40年近くになる小平盛男さん(71)の表情は沈痛そのものだ。国内有数のホタテ養殖地である噴火湾。津波でほとんどの施設が流され、大量の貝が脱落した。町内で100億円以上、湾内では160億円に達する被害の爪痕は、1カ月たった今も生々しい。
7日午前11時半過ぎ、護岸工事用の大型クレーン船が八雲漁港に接岸した。海に沈んだ大量のロープやかごを回収するため、漁協がチャーターした船だ。漁船ではとても持ち上げられない重さだという。
回収は難航している。ダイバーが海中でロープを切ったりしながらの作業。回収を手伝う小平さんは「渦を巻いているように何重にも絡み合っている。引き揚げるだけで今月いっぱい続くだろう」と顔をゆがませた。
例年のこの時期は、稚貝の入ったかごを回収して5〜6センチに育った貝にテグス糸を通す「耳づり」の季節。しかし施設は壊れ、貝も流されたため、今年の養殖は絶望的になった。被害額は1人300万〜400万円と試算され、過労と心労で入院してしまった仲間もいるという。
回収作業に当たる男性(42)は「子供の小学校の入学式にも出られなかった」と寂しそうに語った。引き揚げたロープに残っている成貝の出荷が、今のわずかな収入減だ。
水揚げ3万5500トン、出荷額46億8200万円(09年)を誇る八雲町最大の海産物が壊滅的な打撃を受け、将来の展望は見えない。オホーツク海や日本海沿岸から稚貝を購入することが検討されているが、資金の問題が重くのしかかる。
それでも、養殖施設から浮き玉を回収してきた漁業者(39)は、気丈に語った。「元に戻るには数年かかるが、落ち込んでいられない」【近藤卓資】
◆厚岸
◇カキ、地元産の種苗に期待
ガン、ガン、ガン。ハンマーを打ちつける甲高い音が、港に響く。たたいているのは、ホタテの貝殻の両面にカキの種苗を植え付けた「ホタテ盤」だ。だが、肝心のカキがほとんど付いていない。「津波で盤同士がこすれ合ったから、カキが外れて海に落ちたんだわ」。息子と2人で作業をしていた女性(55)が苦笑した。
国内有数のカキ産地の厚岸湖(厚岸町)。震災の津波で、養殖施設の9割が被害を受けた。ホタテ盤を結んだロープや浮きがもつれ合い、ほどいても生き残っているのはわずかだ。地震の日の朝に厚岸漁協全体で約950キロあった水揚げは、今月7日で約350キロにとどまる。
干潟で養殖していたアサリも大半が流された。同漁協の被害総額は、今後数年間の水揚げ分も含め現時点で約30億円と見込まれる。
カキ養殖業者にとって深刻なのは、種苗の大半を甚大な被害を受けた宮城沿岸から購入していたことだ。年間100万枚以上のホタテ盤の仕入れがあるが、今年はほぼ絶望的。西日本からの購入案も、厚岸の海に合うかどうか分からず断念した。カキとアサリ、コンブ漁を手掛ける山口守秋さん(75)は「タネは来年まで見込みなしだろう。カキもアサリもやられたし、カレイでもニシンでも(漁を)やらんとどうにもならん」と嘆く。
そんな中、漁協は「切り札」として、純厚岸産の種苗生産に期待を寄せる。カキ殻の粉末に一粒一粒付着させる「シングルシード方式」で、99年から生産に取り組んでいる町種苗センターに約260万粒を追加発注した。
種苗が手に入るのは早くて今秋で、それまではコンブ漁などの収入が頼りだが、漁協の佐藤友三専務理事は「立ち上がるすべはある。シングルシードを大事にしながら苦境をしのぎ、同時に宮城の種苗復活に手を貸すことができれば」。山口さんも「シングルのホタテ盤ができるなら、やってもいい」と話す。
5月20日から、毎年恒例の「あっけし桜牡蠣(かき)まつり」が開かれる。佐藤専務理事は「カキもアサリも必ず提供します」と、復興への心意気を熱く語った。【山田泰雄】
◆広尾
◇ホッキ貝の漁獲、ようやく元に
カゴいっぱいに入った重さ15キロほどのホッキ貝が次々と水揚げされる。春の訪れを感じさせる暖かな風が吹く広尾町の十勝港。「第15正宝丸」の船主・吉田正さん(65)は「少しずつ港が元の姿に戻っていくね」と、停泊する仲間の船に目をやった。
十勝港を襲った津波の高さは最大3・9メートル。陸に打ち上げられて壊れたり、沖に漂流してしまった船は83隻に上り、冷凍庫など港湾施設も大きな被害を受けた。中学生の時から父の漁を手伝っていた吉田さんが「今までに経験したことがない」と驚く被害だった。
吉田さんは大津波警報の発令後、急いで船に乗って沖に逃げた。携帯電話は通じなくなり、情報は無線でしか入らない。13日の朝まで約39時間を海上で過ごし、帰宅して初めてテレビで東北地方の壊滅的被害の映像を見た。「仲間の船と帰港を待っていた時間よりも、怖さを感じた」
津波は海底の泥をさらい、1週間後に漁を再開してしばらくは、ホッキ貝が取れなかった。漁獲はようやく、元に戻りつつある。
損壊した漁船は、今も港内に二つある造船工場に並んでいる。既に7割ほどは応急処置を終えたという。今月5日には震災後、初めての新造船の進水式もあった。
「東北の港に比べれば……」。同じ海の仲間の被害を思うと、吉田さんの顔は曇るが、今はできることをするしかない。15日にはサケ・マス流し網漁が解禁となり、十勝港から12隻が出漁の準備を進めている。港が活気づく本格的な春は、すぐそこだ。【三沢邦彦】
4月10日朝刊
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