金融機関による遺言サービス

現代でも、家族の遺産をめぐるトラブルは後をたたないために、生前に遺言を残しておいた方が残された家族にとっては助かる面があります。近年では、銀行で遺言サービスを請け負うところが出ています。正式な遺言の書き方のアドバイスも受けられます。それなりに費用はかかりますが、何かあったときは、銀行の行員が、様々な手続きを代行してくれるので安心になっています。
遺産相続の開始時遺産分割協議をおこなうのであるが、それぞれの言い分や主張などでなかなかまとまらないことも多く喧嘩になることが多い。どうしてもまとまらない場合は裁判で決着をつけるしかなくなる。相続は家事事件なので家庭裁判所で遺産分割の審判をしてもらうことになる。一般的にはまず調停の手続きを行う。調停でも決まらなかったときは審判手続きが行われる。
 東日本大震災による津波で壊滅的な被害を受けた東松島市野蒜(のびる)のタクシー会社会長、佐藤善文さん(76)の家族5人は津波襲来時、自宅から100メートル程離れた岩山(高さ約30メートル)に設けた「津波避難所」に逃げて無事だった。住民約70人も避難所に登り、命を取り留めた。「津波は高い所に逃げるのが先決」との信念が多くの命を救った。

 岩山頂上部の避難所には佐藤さん手作りの避難小屋、あずまや、展望台などを、ふもとからは手すり付きのらせん状の避難路3本を設けた。食料や暖房用の燃料も保存していた。

 大地震後、佐藤さんは妻のさつきさん、息子一家3人、飼い犬とともに避難所に登った。野蒜海岸の方から押し寄せた高さ2、3メートルの津波はふもとを通るJR仙石線の線路付近まで迫っていた。住民約70人も避難してきた。住民らは「高い避難所があって助かった」「先見の明に救われた」と話したという。2階建ての佐藤さんの自宅は1階が津波に襲われた。

 佐藤さんは宮城県沖地震の発生が論じられるようになった10年前、津波の脅威を知り、岩山(1.2ヘクタール)を購入し避難所作りを始めた。社長職を息子に譲り作業に集中。完成後は施設の維持修理を図ってきた。「大津波なんて来ないよ。徒労だな」と指摘もあったが、気にも留めなかった。

 佐藤さん宅周辺の1次指定避難所は市立野蒜小と鳴瀬川河口そばの地区コミュニティーセンターだが低地部にあり、「そこに避難して波にのまれた知人が何人もいた」とさつきさんは話す。佐藤さんは「もっと広く私設避難所のことを伝えればよかった」と言いつつ、頻繁な利用で傷んだ階段などの修復に取りかかっている。【小原博人】

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 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前9時2分、公邸発。同3分、官邸着。同4分、執務室へ。
 午前9時51分、高木義明文部科学相、藤木完治文科省研究開発局長が入った。
 午前10時10分、高木、藤木両氏が出た。
 午前10時31分、五百旗頭真防衛大学校長が入った。同38分、福山哲郎官房副長官が加わった。
 午前10時43分、福山氏が出た。同11時2分、福山氏が加わった。同21分、五百旗頭氏が出た。
 午後0時13分、福山氏が出た。
 午後0時45分、枝野幸男官房長官が入った。同59分、仙谷由人、福山両官房副長官、寺田学民主党衆院議員が加わった。同1時26分、全員出た。
 午後2時25分、海江田万里経済産業相が入った。同30分、枝野官房長官が加わった。同33分、海江田、枝野両氏が出た。同41分、執務室を出て、同42分、大会議室へ。同45分から同3時4分まで、緊急災害対策本部および原子力災害対策本部。同5分、同室を出て執務室へ。同4時50分から同5時16分まで、寺田民主党衆院議員。
 午後5時19分から同27分まで、福山氏、伊藤哲朗内閣危機管理監。
 午後6時10分から同18分まで、伊藤内閣危機管理監。同7時30分から同8時まで、枝野官房長官、仙谷、福山両官房副長官、寺田民主党衆院議員。
 午後9時1分、執務室を出て、同3分、官邸発。同4分、公邸着。
 12日午前0時現在、公邸。来客なし。
(了)

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 佐藤雄平知事は11日午後、県災害対策本部が置かれている県自治会館で会見し、「東京電力と経産省原子力安全・保安院は『原発は何重にも安全対策がある』と言っていた。裏切られた思いで悔しい」と述べた。

 佐藤知事は震災から1カ月を「地震、津波、原子力事故、風評被害の四重苦に見舞われた。県民が不安の中で毎日を過ごしているかと思うと言葉がない」と振り返った。

 依然として、収束の見通しが立たない福島第1原発事故について「いくら山を越えても次々に新しい山が出てくる」と徒労感をにじませた。一方で「福島県民の粘りと辛抱で頑張っていきたい」と復興への意欲を語った。

 東電の清水正孝社長が同日県庁を訪れたことについて所感を問われると、「謝罪に来たことは聞いていない」と不快感を示した。【種市房子】

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